日時:2026年5月23日
場所:三田キャンパス南校舎445教室
参加者:会場42名
第八回となるライチウス会現役と三田会の合同勉強会を開催しました。今回は塾内の手話サークルMiMiのメンバーにも聴講の門戸を広げました。それに伴い、プロの手話通訳者の方による「情報保障」を初めて実施いたしました。
第一部の講師は作家の五十嵐大さん。「コーダから見える社会」の演題でご講演いただきました。

五十嵐大さんは耳の聞こえない、あるいは聞こえにくい親をもつ、聞こえる子ども 「コーダ(Children of Deaf Adults)」として、宮城県に生まれました。幼い頃に両親から自然に手話を学び、家族の愛情を感じながら育った一方、成長するにつれて、自分の家庭が「普通」と違うことを意識し、周囲の偏見やからかいに苦しむようになりました。小学生以降は、電話対応や買い物、行政手続きなどで親の通訳役を担うようになります。親の役に立てることは誇りでもあったが、難しい内容をうまく訳せない時には無力感を抱いたそうです。中学・高校時代には、親が聞こえないことを隠し、手話から距離を置くようになりました。「障害者の家に生まれたくなかった」と思った時期もあったそうですが、自分の境遇を誰にも相談できなかったとおっしゃいます。
転機となったのは、東京への移住後、自分が「コーダ」であると初めて言葉で認識したことでした。同じ境遇の人々と出会う中で、多くのコーダが「親を愛している気持ち」と「恥ずかしいと思ってしまう気持ち」の間で葛藤していることを知りました。そして「母はずっと自分を守ってくれていた」と気付くようになったそうです。
講演の後半では、コーダに共通しやすい課題として、①親の通訳役を担うこと、②周囲から特別視されること、③境遇を相談しづらいこと、④親への差別や偏見を目の当たりにすることの四点を挙げられました。
五十嵐さんが特に強調したのは、「差別には二種類ある」という視点です。一つは、悪意を伴う露骨な差別であり、もう一つは、本人に悪気がないまま行われる「無自覚な差別」です。現在では前者は減りつつありますが、後者は社会の中に深く残っているとおっしゃいます。例えば、「電話でしか対応できない」行政や企業の仕組み、字幕付き上映の少ない映画館など、社会そのものが「聞こえる人」を前提に作られていること。その結果、聞こえない人々は無意識のうちに排除されている。こうした構造的な差別は、露骨な悪意がないため見えにくいものですが、当事者にとってはより深刻な問題になるのです。
また、ご自身の作品を原作とする映画「ぼくが生きてる、ふたつの世界」で主演の吉沢亮さんの母親役を演じた忍足亜希子さんが、「キネマ旬報ベスト・テン」にて、ろう者の俳優として初の助演女優賞を受賞したことが「史上初の快挙」とされたことについて、忍足さんが賞を獲ったということ自体は本当に素晴らしいけれども、「なぜ長い歴史の中でろう者の俳優が評価されてこなかったのか」と問われて、そこにはマイノリティが排除され続けてきた社会構造があると指摘されました。
五十嵐さんは、「今日の講演で少しでも聞こえない人々やコーダの経験について理解してもらえたのであれば、明日から自分にできる、小さなことにぜひ取り組んでみてほしい。そういう取り組みの積み重ねの先に、いろんな人を包括する優しい社会が広がるのではないか」と締めくくられました。
第二部では1980年法学部政治学科卒業の三田会員、手話通訳者でもある越野幸也さんと、理工学部4年で93期代表の進藤さや子さんに報告をお願いしました。

越野幸也さんはライチウス会の現役時代、友愛園(世田谷更生館)の毎週1回の勉強会では、ろう者の男性入所者への学習支援を担当されました。当時は手話教材や指導者が不足していたため、手話の学習は困難だったそうです。1980年に義塾を卒業、一般企業に入社されました。同年5月に港区の手話サークルに入会、手話の学習を開始しました。1990年代には、勤務先に2名のろう者・難聴者が入社し、社内で手話通訳を担当しました。職場では単なる言語の橋渡しだけでなく、ろう者・難聴者が安心して働ける環境づくりという重要な役割を担うことを学んだそうです。2005年から国分寺市の登録手話通訳者として活動を開始し、主に土日祝日に通訳として稼働しました。2010年に手話通訳士として登録して活動の幅がさらに広がり、公的派遣以外に個人的な依頼を受けることが増えました。個人依頼では、自分の趣味・得意分野(法律、英語、マラソン、マリンスポーツなど)に関連する通訳も担当しているそうです。今後も多様な現場での経験を積み、さらなるスキル向上を目指していくと、柔らかい口調で、きっぱりと語られました。

進藤さや子さんは、一年生のときにライチウス会と手話サークルMimiの二つのサークルに入会されました。
ライチウス会では、週一回、児童養護施設である新日本学園を訪問して、ペアの女の子に英語と数学を教えていました。施設の子供たちは最初、警戒心を持って、あまり話しかけてくれないこともありましたが、少しずつ勉強以外の話、日常の話も織り交ぜながら、信頼関係を築いてきたとのことです。
手話サークルMiMiでは、毎週土曜日の午後に勉強会と交流会という二部制で、手話を学んで来ました。一年生で勉強会に初参加したとき、先輩方の表情がすごく豊かで、手話は手の振りだけじゃなく、表情とセットなのだということを初めて知り、そういうところから、活動が楽しみになったそうです。
二つの異なる活動を並行して続けてきたことから、共通点が見えてきて、お互いが心地よいコミュニケーションを取ろうとする姿勢が本当に大切だということに気付いたといいます。相手と関わるということはお互いに貴重な時間を使い合うということ。それなら自分もその時間をプラスなものにできるように、相手にとっても実りある時間になってほしい。お互いがそう思いながら向き合い、伝え方を工夫し続けることが大事だと思ったそうです。
ちょっと一歩踏み出してみると、その先に今まで出会ったことがない人とか、そういう世界とかが必ず待っている。自分のちょっとした一歩が、誰かのプラスになって、自分の人生をも豊かにしてくれる。新入生の皆さんとこれから一緒に活動していければ嬉しく思う、と呼びかけました。
お二人の報告を伺った後、半田理恵子三田会会長の進行で、五十嵐大さんにも加わっていただき、意見交換を行いました。

五十嵐さんは、越野さんと友人が電車の中で馬鹿にされたという話では、毅然とした態度で言い返した越野さんがかっこいいなと思ったとのことです。近年は差別が減ったと言われるものの、ろう者への偏見や無理解は依然として存在すると指摘されました。また就職面接でろう者に発声を求める事例などを紹介し、本人にとっては屈辱的な経験となり得ることを説明されました。進藤さんが、履歴書の空白を埋めることがきっかけだったと語っていたが、興味を持つきっかけは何であってもよいので、大切なのは継続することであり、一時的な関心で終わらせず、学び続ける姿勢が重要だと述べられました。
越野さんは、五十嵐さんの語るコーダとしての葛藤は個人的な体験であると同時に、多くのコーダに共通する経験なのではないか。ろう者やコーダを特別な存在として見るのではなく、親子の愛情や成長の過程といった普遍的な側面にも目を向けることが大切だと発言されました。進藤さんの「手話かっこいい」という入り方は、少なくとも自分の頃には無かったが、そういう入り方ができるのは、今風ですごくいいなと素直に感じたそうです。また、手話は聞こえる人にとっては使わなくても生活できるが、聞こえない人にとっては生活に不可欠な言語であり、学んだ人が少しでも関わり続けることが大切だと強調されました。
進藤さんは、五十嵐さんの講演を通じて、これまで筆談さえ行えば十分だと考えていたが、それだけでは相手に十分伝わらない場合がある。表情や状況に応じた説明など、相手に伝わるまで工夫する姿勢の重要性を学んだといいます。また、障害のある人との関わりでは「傷つけてはいけない」という意識が強くなりがちだが、それを恐れて距離を置くのではなく、対話を重ねながら理解を深めていくことが大切だと感じたと述べました。さらに一部の人だけが担うのではなく、多くの人が少しずつ関わることで、それぞれが継続しやすくなるのではないかとの考えを示されました。
最後に半田会長が三田会員の大胡田誠さんに質問を求めました。大胡田さんは「私も妻も全盲なので、うちは見えないパパとママが見える子ども、高校生の娘と中学生の息子の二人を育てています。五十嵐さんが中学生とか高校生だったとき、親の言葉で傷ついたとか、親の態度でこんなことが嫌だったということがあれば教えていただきたい」と質問されました。これに対して五十嵐さんは「思春期のころ、障害者の親を持つなんて自分は運がなくて不幸だみたいなことを言ったことがあります。そのときに母親が謝ったんです。自分の耳が聞こえなくてごめんねって。でも、本当は母が謝る必要なんてなかった。どうしてそんな差別的なことを言うんだ、ときちんと叱ってもらいたかったです」と答えられました。
全体を通して、ろう者やコーダを特別な存在として見るのではなく、一人ひとりの経験や思いに耳を傾けながら、継続的な関わりと相互理解を積み重ねていくことの大切さが、会場の中で共有されて、合同勉強会は終了いたしました。講師の五十嵐大さんとご参加の皆様には、心より感謝を申し上げます。ありがとうございました。

今回、慶應義塾の協生環境推進室の山本晴道課長にもご参加をいただき、後日メールを頂戴いたしました。
<伝統あるサークルの勉強会に参加出来たことを嬉しく思っております。義塾は今年度より新たに協生環境推進室内にボランティア活動支援の機能を持たせました。学内のボランティア活動サークルでの取り組みを塾内外に発信し、関わっていく仲間の輪を広げていくことを目指していきたく、今後連携していけますと幸いです。>
ご参加の方々からメールでご感想をいただいています。お一方だけご紹介をいたします。
<五十嵐大さんの講演で印象に残った言葉は、「頑張っているね」「立派だね」「可哀想」「大変だね」という言葉がけは偏見、見下しであり、相手に対する勝手なジャッジになってしまう・・・これは、コーダに限らないことだなと思いました。私も、亡き主人の父母、主人の介護をしていると上記の言葉をかけられ、なぜだかわからないけれど、とても嫌な感じがする・・・その理由がわかったような気がしました。聴覚障害者に対するお話を、自分に関係していることとして聴いたので、大変勉強になり、深く考えさせられました。>
春の合同勉強会と、秋の総会は、三田会活動の二本柱です。会員の皆様には引続きご支援ご協力をいただきたく、何卒よろしくお願いいたします。
担当幹事:飯塚克己
